ジェラルドの凱旋 「くぅうううう、いてえな。もうちょっと加減してくれよ」 「無茶言わないで下さいよ」 夕焼けで染められたディセット地方からジェラルドはテアトルに帰還していた。先刻、ジャックとの戦いで傷を負っていたため、医務のブルースに治療してもらっていたところだ。 「結構ハデにやられてますね」 「これでも本気を出したんだがなぁ」 ジャックとの戦いは、まさに『死闘』だった。ジャックが少し前、ジェラルドを破ったときのような手加減じみたことは一切しない、本気の戦闘。 「それだけジャックさんが強くなられたという証拠ですよ」 「へへ、違いねえ」 副長であるジェラルドにとって、後輩にあたるジャックの成長は嬉しくもあるが、少し寂しい気分でもあった。 ふと、そのとき医務室の扉をノックする音が響く。 「はい、どうしましたか?」 「私です」 扉ごしから、鎧を通じて響く女の声がした。もちろん、その独特な声の持ち主はラジアータ王国中でもただ一人である。 「こりゃ、大隊長・・・・とジャーバスに・・・・デシベルだったか?」 「ダニエルですっ!」 ついでにジャーバスとダニエルも入ってきた。 「そんなことより、副長!ジャックは・・・?」 「そうです。どうなったんですか?」 血相を変えて、ジャーバスとダニエルはジェラルドに迫る。 そうだ。まだこの2人には何も言ってなかった。 「テアトルの名誉を傷つけた罪は重い、残念だが・・・」 「そんな・・・・」 ジャーバスが落胆する。それにあわせてダニエルは慌てふためきはじめた 「うわージャック、お願いだから化けては出てこないで!ナムナムナムナムナムナムッ!」 「なんてな、冗談だ。完敗したんだよ」 「え・・・・・そうだったの?・・・・なんだ、ホッ」 そう聞いて、ジャーバスとダニエルは胸をなで下ろした。 「なんだお前ら、裏切りものに肩入れするのか?」 びくっと、ヘクトンの2人は肩をすくめる。 「フフ、ジェラルド。あなたも人のことを言えた立場ではないでしょう」 エルウェンが緩やかに2人に助け舟を渡した。 「まいりました、大隊長はすべてお見通しってことっすか」 「そういうことです」 「じゃあ、俺たちはこれで失礼します」 一安心したジャーバスとダニエルがさきほど入ってきた部屋を出た。 と、そこでジェラルドが怪訝そうにエルウェンに訊ねる。 「ところで・・・・大隊長。いつもの場所には行かないんで?」 「ああ、いつもならその時間ですが。いいんです」 つめたい鎧の奥に据えられた目が、暖かに輝いたのをジェラルドは見逃さなかった。 「あの人の後継者。もうみつけたのかもしれませんから」 「へへ、案外いつも近くに居たのかも知れませんよ?もっとも、やつにはやつなりの想いがありまさあ、誰にも止められませんよ」 互いにそれは分かっている。しかし、その彼もまた想いによってここを去っていった。だからあえて口にはしない。 「彼ならあれを託してもよかったのですが・・・・・アヴクールはアルフレッドの墓に封印しましょう」 「どうかしやしたか、大隊長?」 「・・・・いいえ、なんでもありません」 このあとに起こる事。少なからずエルウェンは理解しかけていた。自分は滅びるのかどうか分からない、だが人間側についた報いは来るであろう。妖精という立場でありながら。 そのときはかつて永遠の愛を誓った人の元へ逝けるだろうか。 そんななか、どたどたと階段を降りてくる音が聞こえてきた。ノックもせず、医務室の扉を飛ばしながらやってきたのはダニエルだった。 「た・・・・たいへんだー!」 「おお、どうした?パピルス」 「ダニエルですって!」 そうダニエルは言い返す。 息をきらして、いかにも『大問題』と言った表情だ。といってもダニエルの顔はいつも変わり映えしてないが。 「ジャックがいないってことは、『アハト』はどうなるんですか?」 「ああ、それか。まあもっと早く決めておくべきだったがなぁ」 そういうと、ジェラルドは腕を組んで考えるポーズをとる。 「う〜ん、そうだな、お前がやればいいだろ」 「ええっ!・・・・ボクですか?だめですよぅボクなんか」 一瞬、ダニエルがにやけたようにも見えたが。 「構いませんよね、大隊長」 「ええ、それでよろしいかと」 「だそうだ。よかったな。お前も晴れて隊長だ」 「そ・・・・それは」 だがダニエルは否定しない、しかもすこし半笑いだ。おおかたクロコゲーターのイザベラのことでも考えていたに違いない。 「そうときまれば。屋外訓練場にこい。隊長としての全てをたたきこんでやるからな。わかったかコカトリス」 「ダニエルですってば!それって誰ですか!!」 これからダニエルは感動も絶叫に変わるほどしごかれることになるだろうとは思いもしなかった。