オレは何が欲しかった?
騎士としての名誉?
戦士としての名声?
父さんと同じ「龍殺し」の称号?
――違う。
オレが望んでいた事は、そんな事なんかじゃない。
………でも、オレは。
オレが望んでいたモノは、気付いた瞬間に無くしていたんだ………。
贖罪の夜
「ここは、どこだ………?」
本当に、どこだろう。
記憶を辿ろうとすると、まず浮かぶのはアイツの死に際の儚い笑顔。
そして、その後にアイツをどこか、人の近寄らない場所に眠らせた後、オレは確か、旅に出た。
街、今では名前も忘れてしまった人間の街に残れば――
――名誉も、名声も、龍殺しの称号も全てオレのモノだった筈。
「だけど、オレは全て、捨てた」
誰に言う訳でもなく、呟く。
それら全てを求めて、自らの器を量りきれずに死んだ者もいた。……誰、だったかなぁ。
今はもう、全てがどうでもいい。そう、どうでもいいんだ。
今は、目の前の存在にオレの感情をぶつけよう。
目の前にいる血に飢えたモンスターに………。
「無様だなぁ、オレ………」
なんとか勝てた。本当にギリギリだった。
八つ当たりみたいな戦闘だったが、相手は弱い。
なのに、苦戦した。
「ホントに、オレ、バカだなぁ……」
歪んだ笑みを浮かべながら口から零れる、どす黒い自嘲の言葉。
いつからか、毎日繰り返す自分に対しての呪詛。
血まみれで横たわる、乾いた大地。
夕陽が沈む様は綺麗だが、オレのココロは、そんなモノは感じない。
アカい夕陽は、血の色。
刹那見える黄昏は、オレが護れなかった少女の色。
「うぅ………」
獣じみた唸り声が口から零れる。
今にも発狂しそうだ、と自分でも呆れる程の冷静さで考える。
「おかしな話だ。発狂しそうなのに冷静だなんて」
呟いて、正気に戻る。
気付くと、血の池に沈んでいた。
そうだ。モンスターに苦戦したんだった。
「オレ、死ぬのか……?」
この場の血は、殆どがオレの血。
このままでは出血多量により死を迎えるだろう。
痛みを感じる。
でも、痛くはない。
アイツが感じた苦痛に比べれば、こんな痛みは大した事ではない。
アイツの苦しみに気付けなかったオレには、この痛みを痛みと認識する資格もない。
「オレがそっちに逝ったら、一発殴ってくれないかな、■■■■……」
あれ……。
どうして――?
護ろうとして。
ずっと空回りをしてきて。
一度手に入れて。
でもそれは錯覚で。
傷だらけになって。
取り戻そうとして。
錯覚だったモノを本物にしようとして。
いろいろ手に入れて。
それだけは手に入らなくて。
護ろうとして。
護れなかった少女は―――
―――イマは、名マエもおモい出せナイ。
思い出したいのに…。思い出したら壊れてしまう。
だけど、今この時は苦し過ぎて。
「いっそ、狂えたら楽なのに」
苦々しげに呟く本心。
壊れてしまいたい。
狂ってしまいたい。
そうしたら、重荷から開放されて楽なのに。
それでも重荷の中には大切なモノも入っていて。
「なんだ、結局」
そこまで考えて漸く気付いた。
オレが、欲しかったモノ。護りたかったモノ。
今のオレに、アイツの名を呼ぶ事は許されない。
だけど、アイツの為に祈る事なら。今のオレにも、許される気がした。
「壊れる事も狂う事も今のオレには許されない」
今までのオレは、半分壊れていて、半分狂っていた。
このままではアイツの事を忘れてしまうだろう。
そして今、漸くその事に気付いた。
だから、ただ。
「今はアイツの為に祈ろう」
自分が壊れない為に。
自分が狂わない為に。
なにより、アイツを忘れない為に。
自分の置かれた状況も見捨てて、ただオレは祈った。
彼女の色をした夕陽に。
それからどれだけの時間が経っただろうか。
気付けば、月が空に昇っていて。
オレの嫌いな色――月の龍の銀色――をした月が虫の息のオレを見下ろしている。
腹が立つが、頭に上るだけの血はオレにはもう残っていなくて。
自分でも嫌になるほど冷静になってしまう。
「……それにしても幸運だな、今までモンスターが近づかなくて」
これを幸運と言っていいのだろうか。
確かに食べられるという悲惨な死に方はしなかった。
だけど、別に望む死に方なんてない。
でも、少なくともオレは誰かに看取られて死ぬなんて幸福な死に方は出来ないと思う。
そんな資格はオレにはないから。
心臓の音が時が経つにつれ弱々しくなっていく。
……そろそろ、逝く時が来たか。
不思議と、怖くはない。
むしろ、とても穏やかな心持ち。
もうすぐアイツに逢えるからか?
この行き場のない憤りから開放されるからか?
答えはどちらでもあり、同時にどちらでもあるのかもしれない。
要するに、判らない。
アイツを失ったこの世界で、オレは何を求めていたんだろうか。
もしかしたら、オレ自身の最期の瞬間を待っていたのかもしれない。
それぐらい、今のオレのココロは穏やかだった。
死に際になって、いろいろな事を思い出す。
アイツとの出会いは最悪だった。
騎士団セレクションの初戦の相手。
オレは手も足も出なくて。
騎士にも慣れてきた第二の任務の時。
オレに簡単に勝ったアイツが一撃で生死の狭間を彷徨った。
あの時、オレは何を考えたのだろうか。
命は、軽い。だが同時に重い。
それを実感できた瞬間。オレは生まれて初めて護る為に敵に向かった。
その後、色々あって。
妖精との、戦争。
妖精の長を殺し、不確かな情報の父の仇を殺し、辿り着いた世界の果てで。
護りたいと気付いた瞬間に、護りたい者を殺された。
伸ばした手。
届かない手。
崩れ落ちる身体。
届いたかもしれない想い。
遅すぎた救いの手。
全てが、手遅れとなった。
「こう考えると、オレの人生、随分と内容濃かったなぁ…」
思わず口から零れる自嘲の言葉と笑み。
だが、先ほどの自嘲の時に浮かべていた笑みとはまるで違う、穏やかな笑み。
仰向けに寝転び、月を見上げる。
綺麗な満月。
漸くオレは、アイツが死んだ日以来初めて、風景や自然が綺麗だと思えるようになっていた。
だが、非常に残念だが、眠くなってきた。
父さんや母さんの声が聞こえてくる。
ああ、そういえば姉ちゃんには悪い事をした。
ついにオレは村に帰れなかった。
罪悪感はあるが、後悔はない。
何故なら、今のオレにはアイツの声も聞こえるから。
だから、しばらくねむるとしよう。
そしておれはさいごに、あいつのなまえをよぶことにした。
「ああ、今行く。でも、その前に。助けられなくて、ごめん。そして、ありがとう。お前に逢えて良かったよ――リドリー」
そして、ゆっくり、目を閉じた。
一瞬見えた光の中で、金色の羽を見た気がした。
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〜あとがき〜
知ってる人は知っている鳥兜です(何。
とりあえず、このやたらと暗い短編を最後まで読んでくださってありがとうございますm(__)m
リドリーが死んで自暴自棄になってしまったジャックを書いてみました。
まあ、最後には救い(?)を入れましたが。
でも、バッドエンド。
万人受けしそうにないなぁ、これ。
誤字、脱字、できれば感想なんかを貰えれば嬉しかったりします。
鳥兜でした。