『…特別非常事態宣言発令の為、現在全ての通常回線は、不通となっております…』

「…え?…」

思わず耳元から聞こえてきた声に、閉じていた目を開けて驚きの声を上げる。

目の前には見慣れた緑色をした公衆電話…

【え?…何だよこれ…どういうことだ?】

ふと周りを見回し、今自分が置かれている状況を把握しようとする。

『繰り返しお伝え致します…只今、特別非常事態宣言…』

腕時計をした左手で持った受話器から、相変わらず誰か女性の声が聞こえる…

【…ここは…どこだ?…というか、どうして僕は…昨日は普通に自分のベッドで寝たはず…なのに何で?…】

そんな事を考えるが、とりあえず目に映る風景を観察する…

いや、それよりもまず感じるのが真夏のような暑さと、照りつける日差し。

そして蝉の声…

その割には人の気配がない。

よく見ると、どの建物も全てシャッターが下りている。

【…おかしい…何で誰もいないんだ?…いや、それよりも…この光景…どこかで…】

「…ん?」

そんな疑問が浮かんだ時、ふと公衆電話の上に裏返しになった写真を見つける。

それを手に取って表を見た瞬間…

「なっ!…これはっ!」

あまりの事に声を上げてしまう。

手に取った写真、そこには実際には合ったことはないが、とてもよく知っている女性。

葛城ミサトの姿が写っていた。

【嘘だろ?…何でこんなものがここにあるんだよ……まさかっ?!】

急に何かに気づき自分の服装、持ち物を調べる。

白い半袖のシャツに黒のスラックス。背中には緑がかったリュックを背負っている。

そして足元に置かれたボストンバッグ…

【…やっぱり、これって……そうだ、鏡!鏡は?】

再び辺りを見回して鏡、もしくはそれに代わるものを探す。

その時、ふと移した視線の先に何かが映る。

「…あっ…」

陽炎に揺らぐ景色の中、交差点の中央に立ち、こちらを見ている、制服を着た蒼い髪の少女…あれは…

「…綾波……レイ?…」

【っ!!】

そのつぶやきに反応するかのように電線から飛び立った鳥に、一瞬、注意を奪われる。

すぐに視線を戻すが…

【え?】

そこには先程の少女はいない。

【………そうだ、鏡!】

少しの間呆然とするが、すぐに何をしようとしていたか思い出し、手に持った写真を胸ポケットへしまいながら、先程少女が立っていた場所の近くに乗り捨てられている車へ駆け寄る。

「あ、しまったカバン…」

2,3歩踏み出した所で地面に置かれたままのボストンバッグを思い出し、それを拾って車へと急ぐ。

たどり着くと同時にサイドミラーを覗き込むとそこには…

「……やっぱり…碇…シンジ…」

自分の推測が当たった事に妙に納得するが、それと同時に戸惑いが浮かぶ。

サイドミラーに映るのは、先程のミサトや綾波と同様に良く見知った顔。

新世紀エヴァンゲリオンの主人公…碇シンジであった。

【…どういうことだよ…何で僕がシンジに?……ありえないだろ…夢…だよな?】

もしかしたら夢ではないかと頬を抓ってみる…いや、夢であって欲しいと…

ギリ

「痛っ!」

頬に痛みが伝わる…

「夢じゃないのか?…いや、まだ分からない…もう一度っ!」

そう言って今度は自分の顔をグーで殴ってみる。

ガッ

「ぐっ!……いったぁ……マジかよ…本当に夢じゃ…」

夢ではないと再確認しかけた時、突然大きな衝撃音が耳にとどろく。

「うわぁ!」

あまりのうるささに両耳を手で押さえる。

その衝撃に店のシャッターは振るえ、鞭のようにしなる電線。

ようやく音が過ぎ去ったかと思い、手を離すが今度は背後から別の音が聞こえてくる。

「何だ?」

思わず音のする方振り返る…

その目に映るのは山陰から出てくる何機もの戦闘機。

いわゆるVTOL、垂直離着陸機だ…そして…

「…サキエル…」

VTOLの後から山陰から現れた巨人の様なモノを見てふいに言葉が漏れる。

黒いゴムのような体、肩には白いアメフトのショルダーガードの様な物をつけ、同じく白い仮面のような顔が人間の胸の辺りについている。

そして白黒の体の中心に目立つ赤い球。

【…間違いない…あれは、水を司る天使…第3使徒…サキエル…】







<ネルフ本部・中央作戦司令室>

『正体不明の移動物体は、依然本所に対し進行中』

『目標を映像で確認。主モニターに回します』

[進路予想図]と書かれたバーチャルマップが消える。

「…15年ぶりだね」

司令室最上段から、直立不動で立っている白髪の老人が、自分の前に座っているサングラスを掛けて腕を組んでいる男に問いかけるかのようにつぶやく。

「ああ、間違いない…」

その言葉とともに切り替わったモニターに先程の巨人、サキエルが映し出される。

「使徒だ」

続ける男の言葉と同時に、サキエルが男達の方を向いた。

























第壱話
使
徒、襲来



























「うわぁ!」

後方から自分の上空を高速で飛んでいくいくつものミサイルに驚きしゃがみこむ。

ミサイルはそのまま飛んで行き、サキエルへと向かう。

ミサイルが爆発し、その衝撃で仰け反るサキエル。

しかし…

【…あれじゃ駄目だ…すべてA.T.フィールドで防がれてる…】

「…正しく税金の無駄遣いだな…って、そんな事考えてる場合じゃないよ!確かこの後…」

のんびりと見物してはまずいと思い慌ててその場を離れようとするが…

直ぐ近くにサキエルのパイルに貫かれたVTOLが落下してくる。

「こっち来るなよっ!!」

そう叫びながらもバッグを片手に走る。

一方でサキエルがブーストのようなものでジャンプし、今しがた地面に墜落したVTOLを踏みつける。

衝撃でVTOLが爆発する。

「くっ!」

無駄かもしれないが、出来る限り爆発の衝撃を和らげようと遠ざかるため走ろうと…

背後から聞こえたブレーキ音に思わず立ち止まる。

振り向くと、そこには爆風から自分を守る青いアルピーヌ・ルノーの車体。

そして開く扉。

「ごめん、お待たせ」

運転席からそう言ってこちらを見ていたのは…ミサトさんだった…

【…ミサトさん…】

「た…助かったぁ〜…」

とりあえず爆発に巻き込まれる事を回避できて安堵し、その場に座り込んでしまう。

「ちょ、ちょっと…急にそんなとこに座り込まないでよ!早くっ、乗って!」

その様子を見たミサトさんが焦って車に乗るように言う。

【あっ…】

「スミマセン!今乗りますっ」

その言葉に、慌てて謝りつつも車の後ろから回り込み、助手席に乗り込む。





足元に僕たちがいるのにも構わず戦闘機がサキエルに攻撃を仕掛ける。

しかし、A.T.フィールドのせいで全ての攻撃はサキエルに当たる直前で無効化されている。

それでも爆発の衝撃と爆散したミサイルの破片が僕たちの乗っているルノーを襲う。

「っ!」

そんな中、素早いシフトチェンジでミサトさんがルノーを発進させる。

バックしたルノーが今まであった場所、僕たちの目の前にサキエルの足が落ちる。

【危なかったぁ…って】

「うわぁ」

突然ルノーがスピンして方向転換をしたため、横Gによってドアに押し付けられる。

「痛!」

窓ガラスに頭をぶつけてしまった…

「危ないから、しっかり掴まっててねん♪」

そんな僕の様子を見てミサトさんが言う。

【…ミサトさん…そういう事はもっと早く言ってくださいよ…いや、助かりましたけどね…】

僕は内心ボヤくしかなかった…







『目標は依然健在。現在も第3新東京市に向かい進行中』

中央司令室に警報のブザーが鳴り響く。

『航空隊の戦力では足止め出来ません!』

そんな司令室に他とは毛色の異なる3人の人物が並んで座っている。

軍服に身を包んだUN(連合)軍の司令が怒鳴り声を上げる

「総力戦だ。厚木と入間も全部上げろ!」

「出し惜しみは無しだ!何としてでも目標を潰せ!!

あまりの威勢に持っていた鉛筆が折れる。





ロケットランチャーから多数のミサイルが発射され、サキエルに着弾する。

いや、やはりA.T.フィールドに防がれて全くと言っていい程ダメージは与えられていない。

続いて航空機から大型ミサイルが発射される。

しかし、サキエルは右手で無造作にそれを掴むと、そのままその3本の指で握りつぶす。

そのまま勢いで3つに裂けるミサイル。

そして爆発。





司令室のメインモニターの煙が晴れ、無傷のサキエルが映し出される。

モニターに映る映像を見てUN軍司令の一人が拳を振り下ろす。

「何故だ!?直撃の筈だ!!」

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか」

一方で冷静に状況を見る者。

「駄目だ!この程度の火力ではラチがあかん!」

そして熱くなる者…

そんなUN軍司令の様子を背後から眺める2人。



「やはりA.T.フィールドか?」

「ああ、通常兵器では役に立たんよ…」

直立不動の白髪の男、特務機関ネルフ・副指令である冬月コウゾウと…

同じく司令である碇ゲンドウだ。





そんな時、UN軍司令のデスクの赤い色をした緊急用の電話が鳴る。

スリットにカードを通して受話器を取る

「……分かりました。予定通り、発動いたします」







【はぁ…何でこんな事になっちゃったんだ?…】

サキエルから遠ざかるようにルノーを走らせ、先程から僕に話しかける様子が無いミサトさんの事はとりあえず置いといて、少し落ち着いたので今の状況を再度考えてみる。

【…僕は確かに現実の世界に生きていたはずだ…それなのにココは…間違いなくエヴァの世界…だよな…ミサトさんに綾波の幻…そして何よりサキエル…】

(ゾク)

さっきの出来事を思い出して背中に悪寒が走る。

【…今思い出しても寒気がする…あれが本物の使徒…それにUN軍の攻撃…あんな…ミサイルなんて…まさかこの目で見る日が来るとは思わなかったよ…あれじゃまるで戦争じゃないか…いや、僕は実際に戦争なんて体験した事が無い…僕が生まれてから日本は戦争なんかしてないし…テレビで各地の紛争とか最近はアメリカの爆撃を見たりもしたけど…実際に体験していない僕には本当の戦争なんて分からないんだけど…】

「っ!!」

そこでふと何かに気づく。

【ちょっと待てよ?!…今、僕は碇シンジなんだよな?…何でかは分からないけど…でもそれだとこの後、僕が初号機に乗ってサキエルと戦わなくちゃいけないのか?…そんな…嘘だろ?!……いや、そもそも僕が乗っても初号機は動かないんじゃないか?…だってあれはシンジの……シンジ…そう言えば彼の精神はどこに行ったんだろう?…僕が覚醒するまではこの体はシンジのものだったわけだし…もしかして現実世界の僕の体に? それともいつも読んでたエヴァの逆行SSみたいに僕の精神が入る事によって消滅したのか? もしくは融合…もしそうだとしたら…ダメだ、そんなこと考えても確かめる手段が無い…リツコさんとかに調査を頼めば……そんな事を言い出したら実験のラットにされるか…最悪の場合殺されるのが落ちだな…はぁ、結局僕がなぜここにいるのかは確かめる術が無い…しかもこの流れだと確実にシンジと同じ道をたどる事になる…当たり前だ…僕はシンジと同じで何も出来ないから…そりゃ多少この世界の知識も持っているし、ネルフや補完計画の機密は知ってる…でもそれだけだ…エヴァに乗った事があるわけでもないし、天才なわけでもない…特殊能力とか逆行したシンジや渚カヲルみたいにA.T.フィールドを使うことも出来ない……僕にどうしろって言うんだよっ!】

僕がそんな事を考えて一人焦っていると、急に今まで何事も無く走っていたルノーが減速して止まる。

【あれ?】

窓の外の景色を見てもまだ、ネルフ本部には着いていない…とりえず運転席のミサトさんに尋ねてみる。

「…あの…どうかしたんですか?」

そんな僕の問いに(サングラスで目は見えないけど)ミサトさんが笑顔で答える。

「うん、ちょっちね…使徒の様子を見たいから、悪いけど前、失礼するわよ」

そういって双眼鏡…でいいのかな?…まぁ、その様なものを使って運転席から僕の方へ身を乗り出してサキエルの様子を伺うミサトさん。

【あれ?…確かこの構図って…やばい!Nだよ!】

「ミサ「ちょっと、まさか…N地雷を使うワケ!?」」

注意をしようとした僕の声はミサトさんの声に遮られてしまう。

ふせて!!

そしてそう言うミサトさんに押さえつけられる。

【ちょっと!ミサトさん!窓開けっ放しですよ!】

そんなどうでもいいことを考えた瞬間、物凄い閃光に目の前が真っ白になる。もちろん瞼は閉じているのにだ…

【……あれ?】

予想していた爆風の衝撃が来ないのでふと疑問のに思った瞬間…

「うわぁ」

恐らく車が横転しているのだろう…とにかくシートベルトをしてなかったせいで上下が変わる度に上やら下やらに体をぶつける…ただ少しだけ、僕を庇ってくれたミサトさんのお陰で衝撃を緩める事が出来た感じが…というかミサトさんは今、僕を抱きしめてくれているのだが…

【…え?】

そこでようやく自分の顔に当たる胸の感触に気づく…

【こ…この状況は…】

はっきり言って初めての状況に思考がループする。

しかし、ようやく落ち着いた頃には、いつの間にかミサトさんは僕を離して横向きに立ったルノーの窓から爆心地の様子を見ていた…

【…一人でなにやってんだよ僕は…】

その虚しさにちょっと反省…いや、軽く落ち込む。

そんな気持ちを捨て去るように、同じく窓から顔を出して外の様子を見る。

まるで夕焼けのようにオレンジ色に染まった景色…

まだ止まない爆風が顔に吹き付ける。





やった!!

爆発の様子をモニターで見ていたUN軍司令の一人が声を上げながら立ち上がる。

「残念ながら、君達の出番はなかったようだな」

また、別の一人は後ろにいる冬月とゲンドウを振り返り、得意げに言う。

そんな男の言葉に肩をすくめる二人。

『衝撃波、来ます』

アナウンスが聞こえモニターが砂嵐に変わる。





「大丈夫だった?」

横転した車を眺める僕の隣に立っていたミサトさんが具合を尋ねて来た。

「え?…あ、はい…まぁ、口の中に砂が入っちゃいましたけど…」

【ホントに口ん中がシャリシャリするよ…】

「そいつはケッコウ…じゃー…」

そう言ってミサトさんが車の横に背を向けて立つ。

僕もそれに習って隣に同じく並ぶ。

「いくわよっ?」

「はい」

ミサトさんの合図で背中に体重をかけ、さらに力を入れる。

「せぇ〜のっ!!……んに…」

【くっ…中々…倒れない…】

「…んぎっ、いしょっ!」

ガシャン

ようやくルノーが元の状態に戻る。

【ふぅ…なんとか…】

「ふぅ〜…どうもありがと。助かったわ」

叩いていた手を腰に当ててミサトさんが僕に言う。

「いえ、お礼を言うのは僕の方ですよ…さっきはありがとうございました。ミ…葛城さん」

「ミサト……でいいわよっ」

ミサトさんがサングラスを取りながら言う。

「改めてよろしくね。…碇シンジ君」

「…はい、ミサトさん」






『その後の目標は?』

『電波障害のため、確認できません』

「あの爆発だ、ケリはついている!」

『センサー回復します』

モニターが砂あらしからエネルギーマップに変わる。

『爆心地にエネルギー反応!』

「ナンダトォ?!」

そのアナウンスに叫びながら立ち上がるUN軍司令の男。

『映像、回復します』

オペレーターの声にメインモニターに映像が映し出される。

爆発の中そこにたたずむサキエルの姿。

「「!!」」

それを見て他の2人のUN軍司令も立ち上がる。

「…我々の切り札が…」

「…何てことだ…」

愕然とつぶやきながら椅子に崩れるように座る2人。

「…化け物めっ!!…」

最後の一人は残念そうにそう言いながらデスクを叩く…が、先程のような勢いは無い。



モニターには足についたエラの様な器官がうごめき、仮面のような顔の下から同じような仮面が新しく顔を覗かせているサキエルの姿が映っていた。






ひび割れたライトのガラス、ガムテープで留められたパーツ…ボロボロになりながらもミサトさんの愛車アルピーヌ・ルノーはネルフ本部へ向かっていた。

「えぇ、心配御無用…彼は最優先で保護してるわよ…だから、カートレインを用意しといて…直通のやつ……そう!…迎えにいくのは私が云いだした事ですもの、ちゃ〜んと責任持つわよ。…じゃ」

僕の横で車を運転しながら車内電話を使っていたミサトさんが受話器を置く。

【…多分相手はリツコさんなんだろうな……はぁ…それにしてもこれからどうしよう…エヴァに乗るのか?…それとも断るか…いや、結局ネルフ本部に入って初号機を見ちゃったら機密保持だとか何とか言われてネルフに拘束されるんだろうから断ることは意味が無いか…そうすると起動しないことを覚悟で乗るか、今ここで車を…ダメだ…ミサトさんの性格上絶対に連れてかれるな…】

ちらりと隣のミサトさんの様子を見ると、なにやら考え込んでいるみたいだ…

【そう言えばレストアしたばっかりなんだっけ、この車……確かローンもあと33回…それに服も一帳羅だったはず…埃だらけだ…可哀想…】

そう思って視線を前に戻す。

【…ていうか本当に原作どおりだと思っていいのか?…人の心情まで…大体、僕がココにいる時点で歴史が…未来が変わっているかもしれないのに………未来?…この世界の未来は…】

ふとそこで劇場版のラストを思い浮かべる…

【赤い海…白い砂浜…巨大な半分に割れたリリス…そして…】

「キモチワルイ…」

つい口に出てしまう。

しかし、どうやらミサトさんは僕のつぶやきに気づかなかったみたいだ…

【ダメだ…そんな未来は…僕は、いつ元の世界に戻れるか分からない…もしかしたら明日の朝に目が覚めたら戻ってるかもしれないし、サードインパクトが起きれば戻れるかもしれない…でも…ずっとこのままだっていう可能性もある…だとしたら、あんな未来は絶対に嫌だ…】

一時的なものではなく、死ぬまで付き合うことになるかもしれないシンジの体。

もし出来る事ならば、僕はかつて読んだネットSSにあったような特に力を持たずに知識だけを持って逆行したシンジが導いていた幸せな未来に生きたいと思った。






爆心地の中央に立つ使徒の上空を戦闘ヘリが舞う。

「予想通り、自己修復中か」

聞こえるのは冬月の声。

モニターに移るのはサキエルだ。

「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」

冬月の言葉に応じるゲンドウ。

ふとサキエルの二つ目の顔にある目が光ったかと思うと、それと同時にモニターが砂あらしに変わる。

「「「「おぉ」」」」」

それにより驚きの声が上がる。

「ホウ、たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか?」

言葉とは裏腹に落ち着いた声でしゃべる冬月。

「おまけに知恵も付いたようだ」

こちらも冷静に言うゲンドウ。

「再度進攻は、時間の問題だな」

冬月の声と共にモニターが回復し、サキエルの後姿が映し出された。






  『ゲートが閉まりますご注意ください』

アナウンスと共にカートレインの通路が閉まり、ネルフのロゴが描かれたシャッターが下りる。



描かれているのはイチジクの葉を模した赤いマーク。その下に書かれた

GOD'S IN HIS HEAVEN ALL'S RIGHT WITH THE WORLD

という文字。

神は天に在りて、世は全てこともなし。

19世紀のイギリス詩人、ロバート・ブラウニングの詩からの引用だ。

  『発車いたします』

「特務機関ネルフ…」

僕はミサトさんの言った言葉を繰り返す。

【ネルフ…全ての始まりにして終わりの場所…】

  『この電車は、C−22特別列車です』

「そう国連直属の非公開組織」

「あの人がいる所ですね」

僕からしたら“父さん”と言えない彼、ゲンドウのことをあの人と言ってごまかす。

【僕の親はいないから…】

  『本線はG−33直通となります』

「……ま、ね、お父さんの仕事知ってる?」

一瞬、僕のあの人という発言に誰の事か分からなかったのかミサトさんが詰まる。

  『途中駅は、全て通過しますご注意ください』

「いえ、具体的には何をやってるかは…学生には大人の仕事なんてどういうものかサッパリ分かりませんよ」

僕は自分の思うとおりに答えた。






ゲンドウの前にあるデスクに座った3人のUN軍司令の中央に座っている男が受話器を置く。

腕を組み、少し考える仕草をして言う。

「今から本作戦の指揮権は君に移った、お手並みを見せてもらおう」

「了解です」

ゲンドウが平坦な口調で答える。

「碇君。我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段がないことは、認めよう」

「だが、君なら勝てるのかね?」

UN軍司令の問いにサングラスを直し、自信たっぷりに、そして不敵にゲンドウが言う。



「その為のネルフです」

「期待してるよ」

いかにも悔しそうに社交辞令を述べるUN軍司令。

そして3人の座るデスクが下へ移動する。

残ったゲンドウの背後からオペレーターが状況を告げる。

『目標はいまだ変化なし』

『現在、迎撃システム稼働率7.5%』



「国連軍もお手上げか。どうするつもりだ?」

ゲンドウの方を振り返った冬月が尋ねる。

「初号機を起動させる」

少しだけ振り向き答えるゲンドウ。

「初号機をか?パイロットがいないぞ」

かすかに驚きの口調で言う冬月。

「問題ない。もう一人の予備が届く」

顔を戻し、ゲンドウはそう言い放った。






「これからネルフに行くんですか?」

本当は分かりきってることだけど、つい尋ねてしまう。

「そうね、そうなるわね」

そんな僕の方を見もせずにコンパクトを閉じて言うミサトさん。

【この時シンジはゲンドウに捨てられた時の事を思い出したんだっけ…僕は捨てられるなんて経験は無いけど…初めから居ないのと、どっちがいいのかな?】

そんな事を考えていると、ミサトさんが急に明るくきいてくる。

「あっそうだ♪お父さんからIDもらってない?」

「え?…ちょ、ちょっと待って下さい」

【え〜と…どこにあるんだろ?】

例の紙とカードを探す僕。

カバンを調べようと屈んだときに胸ポケットから何かがひらりと落ちる。

【これは…】

落ちたそれを拾う。

「あらぁ、それってあたしの写真じゃない♪」

ミサトさんの言葉は無視して再びポケットに写真をしまう。

「うふふ、中学生にはちょ〜っち刺激が強すぎたかなん?」

そんな僕の仕草をミサトさんがからかってくる。

【IDってどこに入ってるんだ?】

「つまんないの、可愛い顔して意外と落ち着いてるのね」

僕が放置したので拗ねたのか、そっけない言葉を言うミサトさん。

【あ、あった】

ボストンバックの中で僕はようやくIDと手紙と見つける。

「ミサトさんは何だか可愛い人ですね」

そう言って微笑みながらIDと手紙を渡す。

「あ、ありがと…」

何だかミサトさんの顔が少し赤くなってるように見えたのは気のせいかな?…多分気のせいだろ…いくらなんでも、ねぇ?

「じゃ、これ読んどいてね」

ふと気づくとミサトさんが

ようこそNerv江

と書かれた冊子を手に僕に話しかけていた。

【そういえばこれって中身は何が書いてあるんだろ?ちょっと興味あるな】

「…僕が何かするんですね?」

しかしミサトさんはそっぽを向いて答えない。

【ふ〜ん、ダンマリですか…ま、じゃないと初号機のケイジでの“シナリオ”に支障がでるだろうからね、それじゃあ…】

「ま、用もないのに呼ばれるはずがないですけど…」

「そっか…苦手なのね、お父さんが」

今度は答えてくれた。

【でもちょっと仕返し】

「…ミサトさんと同じ…ですか?」

「え?」

僕の発言に驚きの声を上げるミサトさん。

そのとき丁度カートレインがトンネルを抜けてジオフロントへ出る。



「へぇ〜、これがジオフロントか…大きいな…」

思わず声が出る。

天井から生えた何本ものビル群、もう外は夕方なのだろう、集光ビルから集められた光が巨大な空洞内をオレンジに照らす。

下を見れば巨大な人造湖が輝き、森林が湖を囲むように茂っている。

丁度、ジオフロント中央の辺りにはピラミッドのような建物。ネルフ本部が静かにたたずんでいた。

【予想してたより凄い…やっぱり本物は違うな。映像だけじゃ伝わらないものがある】

「そ、そう。これがあたし達の秘密基地、ネルフ本部」

さっきの事を聞くタイミングを逃したのか話を変えるミサトさん。



「世界再建の要、人類の砦となる所よ」