『いいわね? シンジくん』
スピーカーからミサトさんの声が聞こえる。
「…はい」
【そうだ…まずは鈴原トウジ、彼の妹を探さないと…】
ミサトさんに返事をしつつも内心そんな事を考える。
『最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』
ミサトさんの指示により初号機の肩を固定していたロックが外される。
それによりやや前傾姿勢になる初号機。
『シンジ君、今は歩く事だけ考えて』
今度はリツコさんの声が聞こえる。
【歩くって…そんなことじゃサキエルに勝てるわけないって…それよりも】
「リツコさん」
『何? 気になる事でもあるの?』
僕の呼びかけにリツコさんが反応する。
「はい…この辺りにシェルターに逃げ遅れた人がいないか確かめてくれませんか?」
『…何ですって? 避難勧告は既に出されているわ、それよりもまずは歩く事を考えて』
僕の言う事に、ちょっと機嫌が悪そうにリツコさんが答える。
【…まぁ、まだ動く確証がないんだから気になるのはわかるけど…】
「スミマセン、それでも…もしかしたら何かの事故で逃げ遅れている人がいるかもしれないですから…お願いします。奴が来る前に…」
【リツコさん…頼むから早くしてくれ、サキエルが来てない今がチャンスなんだ…】
『分かったわ…MAGIに調べさせて』
真剣な表情で言う僕の言葉にリツコさんではなく、ミサトさんが答える。
『葛城一尉?! 今は使徒殲滅が最優先よ、もしかしたら、いるかも知れない少数のために全人類を危険にさらす気?』
ミサトさんの言葉にリツコさんが声を荒げる。
『私が責任を持つわ…』
力強く言うミサトさん。
「…ミサトさん…どうもありがとうございます」
僕がそう言ったと同時にマヤさんから報告が入る。
『初号機の後方、200mの地点に人を発見、小学生くらいの女の子です!』
その声と共にモニターにビルの影に足を抱えて座り込んだ少女の姿が映る。
『何ですって?!』
『…保安部に救出の指示を出して…早く!』
驚きの声を上げるリツコさんとは対象的に、的確に指示を出すミサトさん。
【…原作の感じだとミサトさんよりリツコさんの方がこういう時は冷静だった気がするけど…やっぱり初号機の初陣で色々あるのか?】
僕がそんな事を考えているとミサトさんから指示が入る。
『シンジ君、聞こえてる?』
「あ、はい。聞こえてます」
答える僕。
『なら分かると思うけど、今保安部が彼女を救出に向かったわ。完了するまで後方へは移動しないで』
『ジンジ君、エヴァはあなたのイメージ信号を受けて動くの、あなたが思うように動くはず…だからまずは歩くことを考えるのよ』
ミサトさんに続いてリツコさんからも通信が入る。
「はい」
【イメージ…歩くだけじゃない…速く、力強く、エヴァは僕のイメージで動く…】
そんな事を考える僕にマヤさんの声が聞こえる。
『初号機の前方500m地点に使徒が接近、まもなく肉眼で確認出来ます』
その声と共に、ビルの影からサキエルが現れる。
2枚に増えた仮面のような顔に、怪しく明滅するコア。
【サキエル…第3の使徒…水の天使。武器は両手にあるパイルと遠距離攻撃の可能な光線…そして、自爆か…】
自分の記憶をたどりサキエルの攻撃方法を思い出す。
【確かあいつは最初、A.T.フィールドを張らないでいたから暴走した初号機の不意打ちをまともに食らってたよな…いや、UN軍の攻撃は防いでいたから一応フィールドは張ってるのか?…でも、今なら攻撃が通じる筈だ。だったら、先手必勝!】
「行きます!」
掛け声と共に、「低い姿勢で走り、サキエルのコアへ攻撃をする」イメージを頭に描く。
それと同時に体が少し後方へ引かれる感覚を受ける。
【よしっ!動いた!】
初号機は僕の思い描いたとおり姿勢を低くしながらサキエルへと向かう。
『動いた!』
スピーカーから驚いたような、感動したようなリツコさんの声と歓声が聞こえたが取り合えず今は無視。
相手まであと50mというところでサキエルがこちらに気づき振り向く。
でも、遅い。
ガィン
サキエルのコアに初号機の拳が当たる。
【くっ、全然効いてない…ならもう一回!】
「いけぇ!」
もう一度殴ろうと拳を振り上げる…
しかし、
ガシッ
「なっ?!」
振り上げた腕をサキエルに掴まれる。
【しまった、前に読んだ本に書いてあったけど…殴るときは振り上げたらまずいんだった!…すっかり忘れてた…】
そう思うのもつかの間、サキエルは両手で初号機の右腕を掴み、原作と同じように腕を折ろうとする。
「ぐあぁぁ!」
【痛い! これでシンクロ率40%?…フィードバックもそのくらいのはずなのに…】
右腕を押さえながら叫ぶ僕にミサトさんが言う。
『シンジ君、落ち着いて。あなたの腕じゃないのよ』
「でも痛いですよ! どうすればいいんですか?!」
理不尽なミサトさんの言葉に対して痛さで余裕のない僕は声を荒げる。
『エヴァの防御システムは?』
『シグナル、作動しません』
スピーカーの向こうからリツコさんとマヤさんの声が聞こえる。
【防御システム?…そうだ! A.T.フィールド! でもどうやれば良いんだよ?!…とにかく今はそれしか…くぅ、腕が…サキエル、お前はぁ…】
「邪魔なんだよっ!」
そう叫んだ瞬間腕を掴んでいたサキエルが急に吹き飛ぶ。
【なっ?】
よく見ると目の前にオレンジ色をした八角形のシールドのようなものが見える。
【これは…A.T.フィールド?…出せたのか? 僕が…】
無意識のうちに相手を拒絶するイメージを描いたからだろうか、今、僕の前にはあの絶対不可侵領域が展開されていた。
『初号機からA.T.フィールドを確認!』
マヤさんがリツコさん達にデータを伝える。
ピピピ
それと共に緊急回線が鳴り、受話器を取ったミサトさんが僕に朗報を告げる。
『シンジ君、たった今保安部が女の子を救出したそうよ』
「そうですか、よかった…」
【よし、もう一度…】
これを機にと、もう一度攻撃をしようとするが、今までオレンジに輝いていたA.T.フィールドが僕の目の前から消える。
「な、何で?!」
叫ぶ僕の耳にマヤさんの声が聞こえる。
『使徒もA.T.フィールドを展開、位相空間が中和されています!』
『『そんな!』』
それを聞いてリツコさんとミサトさんが声を上げる。
【それは僕のセリフですよ…まさか逆の立場に…】
バシュン ズドーン
「うわぁ!」
悠長にそんな事を考えてる場合じゃなかった。
A.T.フィールドが中和され、無防備な初号機にサキエルの光線が直撃する。
衝撃に吹き飛び、倒れる初号機。
「がっ!」
L.C.Lでいくらか吸収されているはずなのに僕にも強い衝撃が響き、頭をぶつける。
『シンジ君、しっかりして…早く、早く起き上がるのよ』
振動でぼんやりした頭にミサトさんの声が聞こえるが、体が動かない。
ガシッ
倒れた初号機を近づいて来たサキエルが片腕で頭を持って持ち上げる。
【こ…これは…マズイ…】
そう思いつつも体が動かない
サキエルのパイルが輝き、肘から後ろへ引かれる。
『シンジ君避けて!!』
ドガン
ミサトさんの声も虚しくパイルが初号機に放たれる。
「くぅぅああ」
目を貫くような痛みに、僕は思わず右目を押さえる。
ガン ガン ガン
『頭蓋前部に亀裂発生』
『装甲が、もう…もたない』
何度も放たれる攻撃に、ついに初号機の装甲が貫かれる。
初号機が後方のビルに叩きつけられ、ガクリと脱力する。
そして貫かれた場所から噴水のように体液が飛ぶ。
『頭部破損、損害不明』
『制御神経が次々と断線していきます』
『パイロット、反応ありません』
スピーカーから聞こえる声が段々と遠くなる…
【…僕も、やっぱりシンジと一緒なのか?…これまでだっていうのかよ…】
『シンジ君!!』
パチ
ミサトさんの声が聞こえたような気がして目を覚ました僕は、真っ白な壁のようなものを見上げていた。
いや、正確には見上げてたなんて思わなかった。
自分が横になっていた事に気づかなかったから…
ミーンミンミンミンミンミーン
蝉の声がうるさいくらいに聞こえる。
【ここは……病院か?】
上体を起こして辺りを見ながら状況を確認する。
ミーンミンミンミンミーン
【何で病院なんかに…それにこの光景どこかで見たような…あっ!】
慌てて自分の両手の平を見て、ベッドから降りて全身を確かめる。
「…やっぱり夢じゃ…無かったのか」
脱力して呆然とつぶやく。
【やっぱり僕は碇シンジのままか…夢でもないし、元に戻れなかった…これからもココで過ごすしかないのか…】
落ち込んで上を見上げた僕の目にさっき見た白い壁、もとい天井が映る。
「…これが噂の『知らない天井』か…」
第弐話見
知
ら
ぬ、天井
バタバタバタ
ヘリの飛ぶ音が昼間の街に響く。
街の真っ只中、道路を千切るように巨大なクレーターが出来ている。
その中心に立てられた簡易テント、屋根にはUNの文字。
ピッピ ピッピ ピッピ
何かを誘導するかのように吹かれるホイッスルの音。
『危険 立入禁止区域 DANGER KEEP OUT』
と書かれた看板に、辺りは閉鎖されている。
そんな中、巨大なクレーンが初号機の頭部装甲を持ち上げている。
「使徒再来か、あまりに唐突だな」
場所は変わってどこかの、会議室。
真っ暗な室内に6つの光。
黄、青、緑、赤、そして2つの白い光に照らされた人影、人類補完委員会のメンバーが揃っている。
「15年前と同じだよ、災いは何の前触れもなく訪れるものだ」
緑の光のアメリカ代表に引き続き、黄色の光のフランス代表が言葉を発する。
「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな」
「そいつはまだ分からんよ、役に立たなければ無駄と同じだ」
さらに赤のイギリス、青のロシアが言葉を続ける。
「左様、今や周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、ネルフの運用は全て、適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」
フランス代表の言葉に、片方の白い光に照らされたゲンドウが答える。
「その件に関しては既に対処済みです、ご安心を…」
『昨日の特別非常事態宣言に関して政府の発表が今朝、第二新…』
ピッ
『今回の事件には…』
ピッ
『在日国連軍の…』
ピッ
「発表はシナリオB−22かぁ」
どれも同じ放送をしているテレビのチャンネルを切り替えていたミサトが電源を消しながらそうつぶやく。
その姿は防護服で包まれ、暑さを凌ぐためにうちわで扇いでいる。
「またも真実は闇の中ね」
「広報部は喜んでたわよ、やっと仕事ができたって」
ミサトの言葉に、互いに背中を向けながら後ろにいたリツコが口を出す。
因みに後ろではマヤが電話の対応をしている。
それを聞くと汚染の心配は無く、使徒の99.9%以上は蒸発したらしい。
「ウチもお気楽なもんねぇ」
「どうかしら? 本当はみんな怖いんじゃない?」
「…あったり前でしょう」
リツコの言葉に答えるミサトの口調は、言葉とは裏腹に真剣だった。
再び会議室。
「ま、その通りだな」
「しかし、碇君…ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね?」
アメリカ代表にフランス代表が続く。
「零号機に引き続き、君が初陣で壊した初号機の修理代…国が一つ傾くよ」
「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうじゃないか?」
「人、物、そして時間。親子揃っていくら使ったら気が済むのかね?」
さらにイギリス、ロシアの代表がゲンドウを皮肉る。
「それに君の仕事はこれだけではあるまい」
極秘 人類補完計画 国際連合最高幹部会 第17次中間報告 人類補完委員会 2015年度業務計画概要 総括篇 |
【そう言えばサキエルはどうなったんだろう?】
ベッドに戻り、再び横になって僕は考える。
【やっぱり初号機が暴走したのかな? 少なくともこうやって生きてるってことは殲滅されたはずなんだろうけど…】
コンコン
そんな事を考えている僕の耳にドアをノックする音が聞こえる。
「はい、どうぞ」
そう言いながら上体を起こす。
プシュー
空気の抜けるような音がしてドアが開き、誰かが入ってくる。
どうやら医者と看護婦のようだ。
「目が覚めたようだね、調子はどうかな?」
男性の医者が僕に尋ねる。
「ええと…多分大丈夫だと思います」
「おいおい、今のは単なる挨拶だ。大丈夫かどうかはこれから私が診るよ」
僕の返事に苦笑を浮かべながら医者が言う。
「あ、そうですね…スミマセン」
「いや、謝ることはないさ…それよりも頭を見せてもらえるかな?」
思わず謝る僕に医者が言い、ベッドに向かって近づく。
【頭?…あぁ、そう言えばプラグの中で打ったような気がするな】
「先生、まだお名前も名乗っていませんよ」
ベッドの側の椅子に座った医者が僕の頭を見ようと手を伸ばした時、看護婦がたしなめるように声を出す。
「あぁ、そう言えば紹介がまだだったね…私は君の担当医を勤める川崎だ。 よろしく」
そう言って微笑む川崎先生。
チラリと胸のプレートを見ると確かに『川崎』と書いてる。
【あ!】
そして僕はその名前の横に描かれたネルフのマークに気づく。
「ネルフの方なんですね?」
そう尋ねる僕に先生が答える。
「あぁ、そうじゃなければ君の担当医にはなれないさ。 因みに彼女もネルフの職員だ」
そう言って看護婦の方をみる先生。
「よろしくね」
そう言って微笑む看護婦さんのプレートにもネルフのマークと『綾瀬』という名前がかいてあった。
「はい…まぁ、あまりお世話にはなりたくないですけどね」
冗談めかして僕は言う。
「それはそうだな」
先生も軽く笑いながら同意する。
【あ、この人なんかいいな…加持さんに雰囲気が似てる感じだ…】
そんな事を思う僕に先生が言う。
「それでは自己紹介も済んだわけだし、早速頭を診させてもらえるかい?」
「どうぞ」
そう言って下を向き、先生に頭を向ける。
「ふむ、どうやら炎症も治まってきているし…出血も元々無かったからな…もういいよ」
先生の言葉に僕は顔を戻す。
「それじゃあ次は服をめくってもらえるかな?」
「…はい」
一瞬、綾瀬さんの視線が気になったが素直に従う。
「……」
無言で聴診器を当てる先生。
「うん、ありがとう」
前と後ろを診終った先生が今度は僕の頬に手を当て、親指でアカンベをさせる。
【こういうのはどこでも一緒か…たとえアニメでも未来でも変わらないもんだな】
「口を開けて」
その声に従う僕の口内を先生がペンライトで照らして見る。
「…もう大丈夫だな」
その言葉に看護婦の綾瀬さんが先生にカルテを渡す。
頷いてそれを受け取った先生が、何かを書き終わった後顔を上げて僕に言う。
「何か気分が悪いとか、気になることはないかい?」
【気になること…そうだな…】
「あの…今って2015年ですよね?」
「ん? あぁ、そうだが…どうしてそんな事を聞くんだい?」
僕の言葉に先生が怪訝な顔をする。
「いえ、ちょっと…それじゃあ今日は何月何日ですか?」
「今日は8月14日だが…もしかして君!」
先生が声を上げる。
「記憶喪失では無いと思うんですけど…ところどころ思い出せない事があるんです」
【ごめんなさい騙して…でも僕はこの世界の事をアニメでしか知らないから、こうでもしないと色々と問題が起こりそうなので…スミマセン先生】
実際は違うのだが、自分の知らない「この世界では当たり前の事」への予防線を張るために嘘をつく。
「う〜ん…CTでもMRIでも問題は無かったはずだが…自分の名前は分かるのかい?」
「…碇シンジ。 名前とか年齢とかは大丈夫なんです、父さんやミサトさん、リツコさん達のことも覚えていますし…ただここ、第3新東京市に来るまでの記憶が曖昧で…」
【シンジが預けられていた「先生」と、その家族とかは顔も分からないし、第2のどこに住んでたとかも分からないからな…】
唸る先生の質問に申し訳ないと思いつつも答える。
「そうか…しかし普通に生活を送る分には問題はないと言う事かな?」
「はい、というかよく考えると昔の記憶なんてそんな覚えてないものですよね…日付もど忘れだったのかも知れませんし…大丈夫です」
僕の言葉に先生が数秒考える仕草をして決断を下す。
「……わかった、もう退院しても構わないだろう。 一応、この事は保護者に連絡を入れておくから、君は着替えて待合室で迎えを待っているといい」
「構わないのですか?」
先生の言葉に綾瀬さんが声をかける。
「あぁ、この事に関しては私が責任を持とう」
先生が振り向きながら綾瀬さんに言い、顔を僕の方に向けて続ける。
「もし何かあったらまた訪ねてくれ」
「はい、ありがとうございました」
頭を下げる。
「あぁ、それじゃあ私達はこれで…」
そう言って椅子から立ち上がる先生に僕は声をかける。
「あ、あの!」
「まだ何かあるのかい?」
僕の呼びかけに驚いたような表情を浮かべる先生と綾瀬さん。
「はい、この病院に綾波レイっていう子はいますか?」
【綾波の病室を聞いとかないと場所わからないからな…ネルフの人なら分かるはず】
「あぁ、彼女なら東病棟6階の607号室にいるよ…やっぱり同じパイロットとして気になるってわけかい?」
後半はからかうような口調で言う先生。
「…そうですね、エヴァのパイロットは僕達3人しかいませんから…ま、それだけじゃあないですけどね」
笑顔で答える。
その笑顔を見て先生と綾瀬さんが顔をしかめる。
【ん? どうしたんだろう?】
「済まないな…君達子供にだけ危険な仕事をさせて…出来る事なら力になりたいが、私達は何も出来ないからね」
そう言って先生が謝る。
【あぁ、そういうことか…】
「そんな事ないです、何も出来ないなんて…現にこうやって怪我を診てもらってますし、気にしないで下さい」
僕はそう言って微笑んだ。
「…そうか、君は強いな。 気休めにしかならないかもしれないけど…頑張ってくれ」
「がんばって」
僕の様子を見て言う先生と綾瀬さん。
「はい!」
そんな二人に、僕は力強く答えた。
UNと描かれたトラックが走っている。
「やぁっぱクーラーは人類の至宝、まさに科学の勝利ね」
中にはミサトが幸せそうに言う。
ピ ガチャ
「シンジ君が気づいたそうよ」
隣で電話をしていたリツコが受話器を置きながらミサトに言う。
「…で、容態はどうなの?」
「外傷は無し。少し記憶に混乱が見えるようだけど」
リツコの言葉にミサトが声を上げる。
「まさか精神汚染じゃ?!」
「…その心配はないそうよ」
慌てて問うミサトに対し、涼しげにノートパソコンのキーを目を瞑って打ちながらリツコが答える。
「そう…」
リツコの答えを聞いて安堵してシートに寄りかかるミサト。
「そうよねぇ〜、いっきなりアレだったからね」
「無理も無いわ、脳神経にかなりの負担が掛かったもの」
リツコの言葉を聞いてミサトが皮肉を言う。
「ココロ、の間違いじゃないの?」
【東病棟、607号室…ここか】
服を着替えた僕は、さっき先生に聞いた綾波のいる病室へと来ていた。
【何だかちょっと緊張するな…】
コンコン
ノックをし、呼吸を整えながら返事を待つ……が、
【返事がない。 寝てるのかな?…しょうがない、入るか】
ピッ プシュー
ドアの開閉ボタンを押して中に入る。
部屋の中心にあるベッドにはシーツに隠れて微かに蒼い髪が見える。
【あぁ、やっぱり寝てるんだ】
僕は綾波を起こさないように、そっと先生と同じようにベッドの側に置かれた椅子に腰掛ける。
【綾波は…同じか。 僕が素直に初号機に乗ってケイジに来なくて済んだから、傷は悪化してないと思ったけど…元々重症だったからな】
アニメと変わらず頭に包帯を巻き、右目をガーゼで覆われている綾波を見て僕は少し落ち込む。
【綾波レイ…14歳、マルドゥックの報告書によって選ばれた最初の被験者、ファースト・チルドレン。 エヴァンゲリオン試作零号機、専属操縦者。 過去の経歴は白紙。 全て抹消済み…だったっけ?…渚カヲルと同じ、生命の種たる存在の魂を持ったヒト。 碇ユイのクローン?…でもこうやって実際に見ると、ただの可愛い女の子だよな…蒼銀の髪とはよく言ったものだな…造語らしいけど、まさに綾波の髪を表すにはピッタリだ…綺麗だな…真紅の瞳もやっぱり綺麗なのかな?】
そんな事を思いながら、瞼の閉じられた綾波の左目を見る僕の頭に様々な映像が浮かぶ。
エスカレーターでシンジの頬を叩く綾波。
ヤシマ作戦の前に月を背景に「さよなら」と言う綾波。
高熱によって溶けかけたプラグの中で微笑む綾波。
「…肉嫌いだもの」
「ありがとう……。感謝の言葉。初めての言葉。あの人にも言ったことなかったのに」
「これが涙。 泣いているのは私?」
「多分私は3人目だと思うから」
L.C.L水槽の中の何人もの綾波レイ。
「ばあさんは用済み」
リリスへと還る綾波。
「ただいま」
そして…
パチ
【え?】
そんな事を考えていた僕の視界に、突然鮮やかな紅が生まれる。
ベッドに横になっていた綾波が今まで閉じていた瞼を開けたのだ。
「……」
「……」
2人の視線が合い、見詰め合う。
「……誰?」
しばしの沈黙の末、綾波が口を開く。
「…え?」
頭が真っ白になっていた僕はその言葉に再起動するも、間抜けな声を漏らす。
「……あなた、誰?」
僕の声から数秒の間を開けて再び綾波が声を出す。
「あ、僕は氷す…じゃなくてシンジ! 碇シンジ」
一瞬、慌てて本名を名乗りそうになるが何とか誤魔化す。
【危なぁ〜うっかり口が滑りそうだった…】
「…碇?」
綾波が『碇』という苗字に反応する。
「うん、碇ゲンドウの“息子”だよ」
【少なくともこの『身体』はね…それにしても本当に碇って名前に反応したよ…恐るべしネット小説…ビックリだな】
かつてネットのSSでよく見かけたのと同じ状況に僕は変に感心する。
「……そう、あなたが使徒を倒したのね」
「え?…知ってるの?」
綾波の言葉に僕は驚いて思わず声が出る。
「…司令から聞いたわ」
綾波は静かに言う。
【あぁ、そう言えばあの時綾波はネルフで待機してたんだっけ…『予備が使えなくなった時』の為に…】
「そうなんだ…でも、分からないんだ。 僕はその時の事覚えてないみたいで…」
【僕が知っているのはアニメでの初号機の暴走…実際に昨夜起きた事は思い出せない…いや多分、気を失ってたから“知らない”んだと思うけど…】
「……」
そう言う僕に綾波は言葉を返さない。
「……」
「……」
ちょっと気まずい沈黙が2人を包む。
「えっと「何をしに来たの?」…え?」
話題を探そうと口を開いた僕の声に綾波の言葉が重なる。
「何しにって…綾波が重症だって聞いたから、先生に病室の場所を聞いて様子を見に来たんだ。 それに、仲良くなりたいなって思ったからね」
最後は笑顔で言う。
そう言う僕の様子を見て、驚いているのか綾波が目を見開く。
しかし、すぐ表情を戻し、冷静につぶやく。
「…どうして?」
「そうだな…『絆』を結びたいからって言うのじゃダメかな?」
「!!」
僕の言葉を聞いて綾波が動揺しているのが表情で分かる。
【絆…どこかのSSでこの言葉は綾波にとって重要なキーワードだって書いてたのがあったけど…今のはちょっとズルかったかな】
「ゴメン、変な事言っちゃったね…それじゃ、僕はもう行くよ」
少し罪悪感を感じて謝り、椅子から立ち上がる。
「あ…」
その時、綾波が声を漏らす。
「え?」
その声を聞いて僕は綾波を見る。
綾波は、自分でもなぜ声を出したのか分からないのか混乱したような表情をしていた。
そんな綾波が凄く可愛く見えて思わず苦笑する。
「じゃ、綾波またね。 お大事に」
僕は笑顔でそう言って、病室を出た。
ピッピ ピッピ ピッピ
誘導のホイッスルにあわせて巨大な銃がクレーンで運ばれる。
建築計画のお知らせ | ||||
建築物の名称 | 第25 誘導兵器システムビル(甲‐H型) | |||
建築敷地の地名番地 | 第3新東京市 西4‐75‐1‐90 | |||
建 築 物 の 概 要 |
用途 | 秘匿(条例341) | 敷地面積 | 192.68m2 |
建築面積 | 107.41 | 延べ面積 | 261.05m2 | |
構造 | 外鉄骨剛構造 | 基礎工法 | 現場生成杭 | |
階数 | 地上8階 地下2階 | 高さ | 22.65m | |
着工予定 | 2014年11月 日 | 完了予定 | 2015年8月 日 | |
建築主 | 第3新東京し 施設課 建設第1班 電話 ( ) |
|||
設計者 | 第3新東京市 技術研究本部 電話 ( ) |
街のあちこちには、この様な看板が立てられ、工事が少しづつであるが確実に進み、兵装ビルや電源ビルが建設されている。
「エヴァとこの街が完全に稼動すれば…いけるかもしれない」
トラックから降りて街を眺めるミサトが言う。
「使徒に勝つつもり?相変わらず楽天的ね」
ミサトの隣に停車しているトラックからリツコが、ミサトの言葉に呆れたように言う。
二人の目の前で装填される兵装ビルの弾丸。
「あら? 希望的観測は人が生きていくための必需品よ?」
明るく言うミサト。
「……そうね。貴女のそういうとこ、助かるわ」
やや間を置いてリツコが言う。
「…じゃ」
そう言ってミサトはその場所を後にした。
綾波の病室を後にした僕は先生に言われたとおり第一脳神経科の待合室でミサトさんが来るのを待つ。
【多分ミサトさんでいいんだよな? まぁ、個人的にはリツコさんでもマヤさんでもいいんだけど…って、思いつくのがみんな女性って言うのも自分で微妙だけど…】
そんな事を考えていると向こうから カツン カツン と音が近づいてくる。
【来たのかな?】
音のする方を見ると、そこにはミサトさんが立っていた。
「…ミサトさん」
僕が名前を呼ぶと、ミサトさんの顔が笑顔になり…
「行きましょうか?」
そう言った。
「大丈夫?」とか「調子はどう?」とは言わない。
【そっか、全部報告は行ってるもんな】
だから僕は
「はい」
笑顔でそう答えた。
ポン
下へ行くエレベーターを待っていた僕達の前で昇りのエレベーターが止まる。
【あ、これってもしかして…】
ピンクの扉が開き、予想通り父さんの姿が現れる。
「…これから綾波のお見舞い?」
初めて間近で見る父さんの僕を上から見下ろすような視線に一瞬、戸惑うがすぐに笑顔で尋ねる。
「……」
でも父さんは無言で答えない。
【何も言わないって事は…僕の病室の事も、綾波の病室でも会話も監視カメラとかで知ってるんだろうな】
そんな事を考えているうちに扉が閉まってしまった。
『宜しいのですね? 同居ではなくて』
『碇たちにとっては、お互いにいない生活が、当たり前なのだよ』
『むしろ、一緒にいる方が不自然…ですか』
「一人で…ですか?」
床がガラス張りでジオフロントを眺める事の出来る天井ビルの最下層で、総務局の職員の人が告げた報告にミサトさんが言う。
「そうだ、彼の個室はこの先の第6ブロックになる。問題はなかろう」
ミサトさんの問いに答える総務の人に僕は尋ねる。
「あの…」
「ん? 何か不満でもあるのかね?」
その声に総務の人が僕の方を見る。
「はい、出来れば地上で生活をしたいのですが…ダメでしょうか?」
【本当はネルフ本部にいた方が使徒が来たときには早く対処出来ると思うけど…このまま現状を受け入れたらミサトさんに引き取られそうだからなぁ】
「ふむ、そうだな…現在地上の住居はそちらの葛城一尉がいる『コンフォート17』くらいしか無いのだが…あそこはまだ住むための準備が出来ていないのだよ」
僕の問いに総務の人が答える。
「いつからなら大丈夫なんですか?」
「今から準備をさせても、家具の調達や手続きで一週間はかかってしまうが…」
「それでいいです。 それまでは仮の住居で構いませんので…」
僕の提案に少し考えてから総務に人が言う。
「…いいだろう。 だがチルドレンの安全等を考えるなら葛城一尉と部屋は近い方がいい…隣ということで構わんかね?」
「はい、お願いします」
僕は喜んで返事をした。
「それでは今日から正式な住居の手配が終わるまで、君は先程の場所で生活してもらう。以上だ」
そう言って総務の人が立ち去る。
「これでいいの?」
ミサトさんが僕に問う。
「ええ、一人は慣れてますから」
思ったより話が上手くいって喜んでいた僕は、何かを思い詰めたようにこちらを見るミサトさんの視線に気づかなかった。
『何ですって?!』
「だからぁ〜、シンジ君はあたしんとこで引き取る事にしたから。上の許可も取ったし…ま、一時的にだけどねん♪…心配しなくても子供に手ぇ出したりしないわよぉ」
ミサトさんがリツコさんに電話をしている。
『当たり前じゃないのっ!! 全く何考えてるの貴女って人は…』
「相変わらずジョークの通じない奴」
受話器を耳から放して言うミサトさん。
結局僕はコンフォート17の準備が終わるまでミサトさんの部屋で過ごすことになってしまった。
【ていうか、あまりにも押しが強くて、いつの間にかそういうことになってたんだけど…あれじゃシンジじゃ断れないわけだわ】
僕は断りきれなかった自分に情けなさを感じつつ、シンジ君に同情した。
ハロゲン灯のオレンジ色をした光を浴びながら僕とミサトさんを乗せたルノーはトンネルを走る。
僕の手には中学への転入届の入った封筒。
【確か転校は一週間後くらいだったかな…そう言えば転校なんてするの初めてだ、自己紹介とか上手く出来ればいいけど…って、よく考えると中学か、まさか2度も中二を経験するとはね】
早くも第一中学校への転入の事を考える僕の横で、運転をしながらミサトさんが言う。
「さぁ〜て、今夜はパーっとやらなきゃね♪」
【そう言えば歓迎会があったね…】
「何かする気ですね?」
ほぼ断定して言う。
「そうよん♪ 新たなる同居人の歓迎会よ」
あろう事か僕に笑顔を向けて言うミサトさん。
「ミサトさん!前!!」
慌てて僕は注意する。
「あはは、大丈夫よぉ…シンちゃんてば心配性なんだから」
一応、顔は前に戻しつつ、お気楽に言うミサトさん。
【…この人かなり危険だ…】
「ところでどこに向かってるんですか?」
「コンビニよ…最近のコンビニって色々売ってんのよねぇ〜」
僕の質問にミサトさんが答える。
【やっぱり…となるとこのままだとレトルトづくし決定か…やだな】
「あの…コンビニじゃなくてスーパーにしませんか?」
「ん〜…確かにスーパーの方が材料は揃ってるでしょうけど…料理って作るのめんどくさいのよねぇ」
僕の提案にミサトさんが本当にめんどくさそうに言う。
「…僕が作りますよ。 鍋とか包丁とかはあるんですよね?」
その様子に僕は半眼になって言う。
「あったり前でしょう!…でもシンちゃん、料理作れるの?」
「ええ、それなりに出来ますよ」
【ていうか、いつからシンちゃんになったんだ? まぁ、嫌じゃないからいいけど…】
「ふ〜ん、それじゃ目的地をスーパーに変更!」
そう言いながら何故かアクセルを踏むミサトさん。
【うわっ】
急加速でシートに身体が軽く沈む。
【エヴァの発進の時と比べたら全然だけど…この車にはあんまり乗りたくないかも…】
「すまないけど、ちょ〜っち寄り道するわよ」
買い物を終えて再びルノーを運転していたミサトさんが突然話を切り出す。
既に日も暮れかけ、夕日が辺りを照らしている。
【寄り道か…街を一望できる高台だろうな】
「…ええ、構いませんよ」
「…つまんないわねぇ、どこに行くか気になんないの?」
僕のそっけない返事にミサトさんが拗ねたように言う。
「…それじゃあ『どこに行くんですか?』」
ジト目で一応言ってみる。
「うふ、イ・イ・ト・コ・ロ♪」
原作通り見事にはぐらかされた。
【…まったくこの人は…ま、でもこれはこれで可愛いのかな…】
予想通り、というか流れ通り僕らは第3新東京市が一望できる高台へ来ていた。
街の向こう側の山に夕日が沈もうとしている。
聞こえるのはカラスの鳴き声と蝉の声…
時計を見ていたミサトさんが言う。
「時間だわ」
ウーーーーーー
その声と共に街にサイレンが響く。
そして地面の至る所からビルがまるで生えてくるかのようにせり上がって来る。
「へぇ〜」
【これは確かに凄いな…】
「これが使徒迎撃専用都市、第3新東京市。 私達の街よ」
ミサトさんが僕の方を見て言う。
「そして、あなたが守った街」